昭和41年07月16日 朝の御理解
先日秋永先生が見えて、お話しを致しておりましたが。(?)事故の為に、何日間か朦朧としていた時代が、何かほんとに、気違いになるんじゃなかろうかと云う様な、あ何日間があったんですね。あの時分、まあここが霊界、ここが神界、神様の世界、御霊様の世界と云う様な、まあいうなら、霊界旅行をした様な、話をまあ、ぼつぼつしておるんです、けれども、そらもう、お話しをするなら本当に、大変な意味事を頂いたという中にです、御霊様の世界。
ほんとに、ピンからキリまでという言葉が、そのまま当てはまる様な、車の音とくしゃみ本当に、最高のまあ、御霊の生活をしておる人があるかと思うと、もう、ちょっと言うならばもう、地のこうじめじめした様な、もう地下室の様なですね、ま、例えば、デパートいうならばね、屋上からだんだんと下の方の地下室、地下室ていうても、あぁ立派な設備をしたんじゃない。
何とはなしにじめじめした様な、しかもそこにもう、動めいておるその御霊様達の姿というものは、もう実に悲惨な、しかも身体には一糸もまとはずに、帯すら、いや着物すら許されてないという、その御霊達の世界を拝ませて、拝ませて貰うというか、そこを見物させて頂いた。ところがです、どの御霊様でもその、そこそこでですね、もうそれで諦めておるという感じなんです。苦しいからもう一度上に登ろうという、その意欲がみえない、もうそれが当たり前の事のように、言わばなっておる。
これは私共、あぁ北京に十年おりましたからね、昔の本当にあそこは大変、今は大変違うそうですけども、当時は貧富の差の非常に激しいとこ。沢山のあ、お金を持っておる人と、その日暮らしというても、もう本当に徹底した一生を、家内なんか呼ばれない、一生家なんか持たれないといういわゆる国なのです。いわゆる労働者の本当に最低の労働者の群れです。がもう本当にそこにもここにもたむろしておりますね。
そいでえ、もう冬なんかは、凍死する者も沢山出てるんですね。と言う様にその、ところがですね、そういう生活をしておる、人達がですね、もうそういう生活が甘んじておるですね。ですからその、立派な人格を創ろうとかなんかてのが、全然考えてないです。年をとったら意欲がないです、ほとんど御霊の世界これはね、御霊の世界でも、神様の世界でも私は、私も時々その、皆さんに用いて頂くようなことがあるんですけど、矢張り私が拝ませて頂いておる。
知らせて頂いておる世界も、秋永先生今度、実感してそこんところ分からせて頂いたそこの事も「そうじゃんね、そういう風ですばい」という私がいちいち相槌打たにゃならん様程に、正確にそう云う事を頂いて来ておりますね。だからこりゃ、申します御霊様だけじゃありません。支那の人達だけではありません。私共人間にはそう云う様なものがあるのじゃないのでしょうか、もうそこで諦めておる。
もうせめてまあ、借金なら借金払いでも済むならまあそれでいい、まあ家が円満に行きさえすれええ、もうこれから以上の事は望まん、ならあ健康で家庭円満で、借金払いどんが出きりゃ、その日その日がやって行けりぁ、まあそれにこした事はない、もうそれ以上の事を望んでいないからその事すらがおかげにならんのです。それがこれほんな一寸その、そう意味なからなけじゃなけれども、その事すらおかげにならんのです。
四神様の御教えの中に、そういうね、御理解がありますわね、例えば、百のおかげを願ごうて言わば頂く時は、五十だという意味の、御理解があります、十のおかげを願ごうて頂く、おかげは五だと、そんなら、私共が百のおかげが要るんなら、二百のおかげを願わなならんと云う事になるね。いわゆる、願いを大きく持てと言われるのは、そんな事ではないでしょうか。
改めて健康で家庭が円満で借金払いだの、その日その日やって行けりゃもう、それ以上欲は言わん、これじゃあまりに欲がなさ過ぎる、まあというてその願いが叶えられるかと言うと叶えられないね。矢張りおかげが欲しいなら二十のおかげを願わせて貰うね。いうならば、十のおかげ願うならば、二十の信心をさせて貰わなければならんと云う事なんです。まあこのまま信心続けていきよりゃ、何時かは借金も終えるじゃろう。
何時かは健康にもなれるじゃろう。何時かはだんだん家庭も円満になれるじゃろう。そういう願いではおかげにならない事、私自身も体験しておりますねですから、私共がですね、もう本当にこれ程神様が喜んで下さると。まあそれ私とってもその神様が喜んで下さると思うた訳じゃなかったんですけれど。あ後から考えてみて「なるほど、これなら神様が喜んでくださったことであろう」とこう思うんですね。
けれどもその時分に、例えば現在私がここで皆さんに聞いて頂いておる様な教導を受けておったら、もっとましな言わば心が開けておったかも知れんと思いますですね。ただ私はあの北京から引き揚げて帰りましてからも、トタンの言わば、貧乏な難儀に見まわれました時に私が感じた事は、まあとにかくね、私が北京に例えば、あの、参りましたのは只あの親孝行がしたいばっかりで行ったんです。こげな事じゃだちがあかん、まっ、酒屋て商売は企業整備に掛かってですね、出来なくなったんです。
酒は配給で商いが出来なくなった、だから、外地に私はその志たんです。そういう思いで行っておるのにそれよりかもっと惨めな姿で。私どん帰って来たんですものね。これじゃ戻なさいと言われる、神様親孝行がしたいばっかりに、だから私がそのま、が達者な内に何とか安心のおかげを頂いて貰たい、喜んで貰たい、という只願いがあの時分私の信心の迫力であった。
その事をですね、今考えてみてたらはぁこの事なら神様喜んで下さった筈だな、聞いて下さった筈だなと今感じるのです。こんな事なら神様喜んで下さると私は思うてから、そう思うたのじゃないです。ですからここで、お参りをして来る若い人達に必ず初めて参って来る方に私が言うですよ「もうあんた達が親不孝しようとは思うとるまいけれども、親孝行したい、しとうて堪らんと云う様な人は本当に少ないんだ。」と。
「その親に喜んで貰う事ならば自分というのはどのくらい犠牲にしても、あのと云う様な、願いを持ちなさい。その事が神の機感に叶う、だからあんたん願いが成就する。」と私は申します。これは矢張り神様のお願い。神様の思いに触れる事が出来たんだとん。所が段々と本気になって信心させて頂いておりましたら、言わば本当の親という親の姿というものが段々大きな親に変って来たと云う事なんです私の場合は。ですから皆さん、例えば私が申しますようにね。
誰でもそういう願いを持っいるんですね。まあ持っておるから信心させて頂いておるんですけれどね、借金を持っとる人は、借金払いが、今おかげ頂きたい、健康の、不健康の人は健康の、そして家庭円満にやっていければ、まあこれにこした事はないと、皆さんの願いがその程度であったらです、それは先ず々成就しないでしょう。思うとられる様にならん。ですから、その願いを本当に、おかげを頂きたいならばもう少し願いをです 大きく持たして頂くだけじゃなくて。
なら、十の願いなら二十の信心をさせて頂かねば駄目です。しかもその願いの主旨というのがです、これならば神様が喜んで下さると云う事。段々皆さんが、おかげを頂かれ、御造営なんかがああして段々成就に近づいて、まあ完成しつつあります。誰だってその願いを持っておるものからこそ 昨日も善導寺の青木さんが参って見えてから、「先生今日こげな話を聞きました。」「どげな話の」「もうあの椛目の金光様があすこ、あそこで御造営が有りよるがですね。
もうちょいとこげな不思議な事なか」ち、まああげな風なその素晴らしいその、お教会が出来よるが、まあ昔何なんの七不思議と言った様な事を言う。「ならどこで不思議が有るならば椛目のお広前が、本当にあれが出来るならやっぱ七不思議の一つになるじゃろ。」ちて皆なが言いよりますばいち言うてからそんな話された。と言うくらいにです。成程、私は椛目あのお広前が見事に成就したあかつきにはです。私自身がそう思うとりますもん。「不思議なことじゃなあ」と思うんです。様々な事があります。
有る事はありますけれども、あれやら これやらが後で考えてみるとあれもおかげであった、これもおかげであったと云う事になって、その事が成就( ? )。ですからです。そう言う例えば神様の大きな働きの中に私共の願いが突入する、その中に入って行く、それが皆さんが乗ったら( ? )訳じゃないけど今の様な願いがもっと切実に。私が一番始の頃に申しました様にですたい。本当に自分の事としてというね、大体言うたらそいじゃいかんのですよね。
神様の願いが成就していきよんのじゃからそいに奉仕する我々なのですから、けどせめて自分の事としておかげを頂いていきなさい。いろんな意味でです、様々な意味合いでお役に立ちたい。こりゃもう、私皆さんご承知のとおり本当に何にも分からん。知らんとです、もう特に建築の事なんか全然知らんです。けれどもそれを親身に考えております。それも滅多に行かんのですけれども行く度に何かあちらで「あっここはちょっとおかしいじゃないの。」と云う所を私発見して来るです。
もうそりゃ私数えあげるなら後からですね、もう本当にここがこげな立派になったつは先生があん時気づきなさったからというとこ沢山ありますよ。二、三日秋永先生が来た時に行った時もそげんでした。中庭の所が出けておる所」をもう全然そのそんな事じゃ中庭は崩れてしまうじゃないかと、と言う様な事やっぱし分からんでしよりますから。あの三十畳の会議室が見事と言われるごと、皆で誰でも言う様に出けて行きよりますのも、あれは私がヒントを与えてから、二間になっとったとを1間にしたからです。
私の手洗いが出来よる所のあすこの格好もそうでした。先日参りましたら、こりゃあまた神饌室、それも私素人だもんですから出来てみな分からんとですよね。神饌室のこの出入り口は皆さん、高いでしょうが、ここだけは高いですよね。お供え物持っていかにゃならんから、それに普通のこの位の高さあっているんですよ、出入り口に、あれだけの大きなお広前に神饌室の戸はこんとか、( )あなたもうどうもこうも出来まいと神饌出す時にと言うてからようやく高くなったね。
皆さんがです本当にその、あ、親身になったらですねそれが気付かん筈はない、私ぐらいの者が気付くのですから、それだけでもお互いがどげんこげん言いよるけれども。新型にないという事がわかる。私その時、行った時に私は身がぞぉっとする程感じて来た事があった。あそこにあの浄化槽が出来とりますよね、ところが丁度こんくらいばっかりの大人が入るぐらいの穴が七つ、八つあいとるですね。
こう、この( ? )一寸覗いたら下に水がいっぱい溜まってるんです、竿を立ててみましたら丁度私共の背の高さがあるです。まあ、あすこの所から大人でも絶対上がられないでしょう。落ち込んだら上に届く所がない、ましてあそこで子供達が、あそこで、あの様に裏の庭に遊びに来とるでしょうが、私本気にここに落ちこみどもしたらどうするじゃろうかと私思いました。毎日毎日ほんなこてあのう、例えば現場にあん何しに行きござじゃろうかと私思いました。
早速、それこそ「ここになんか材木なっとん置いて、置いとかな、大事出来ますよ。」ち言た、と云う様にですね、お互いが一生懸命であるとか、親身の様に思うとるけど、まだまだ だから親身が足らんと、というのを、今日私が申します様にですね。皆さんの願い、今の願いじゃ駄目だ、もう願い、願いが成就せんて。本当に家庭も円満に健康に。そして借金払いも出来るだけの、そんならおかげを頂く為には、もう一段高められた願いにならなければ駄目だ。
目先目先のその事だけを、どうぞ借金払いの事を、健康の事を願ごうとるだけじゃ駄目って。そこで私共がです本気になって、たとえばならこれならば神様の心に絶対叶うであろうという、なら御造営なら御造営の事。お広前ならお広前中心にして。いわゆるお役に立ちたい、お役に立ちたいという切実な願いを持ちなさいね。それを言うたり、思うたりしただけじゃいけません。それを実行に現してです、信心の修行の上に現せてきなさい。それで始めて皆さんの願いが成就する。
それが段々向上していくに従ってです。十何年前、又二十何年前に思うておった、それこそ夢にも思わなかった様なおかげが受けられる様になる。二十年前に私は、北京から帰った当時、一生懸命善導寺でおかげ頂いた時に思いよった。色んな行事があるね、ここの御大祭なら御大祭がある時にです「もうこの位なお供えなら一人ででもさせて頂きたい。御大祭の時はせめてこのこれくらいおかげ頂きたい」と私は思いよった時のもう遙に十ばい、二十ばいもの現在私おかげを頂けておると云う事ね。
そういう願いがもっと、その願いがだんだん私の場合はですね、その親の、親に対する願いというものが親の大きさが変わって来たね。最近じゃ本当に私が願うところ、本当に言わば天地の親神様に喜んで頂きたい。もう親孝行、天地の親神様に親孝行したくて堪らんというものにだんだんなって来よる、そいでいて漸くまあ、いうならば私の両親にどうやら、こうやら安心をして頂けておるという程度の事じゃなかろうかと、こう思うのです。ですから願いがね。
一段も二段も上のところというてまた突飛なですね、夢の様なその願いをしても駄目ですけれどもそれが確実に、一段一段願いが進められて高められて行かなければいけない。先日あの末永さんのお兄さんが手紙をよこしております、こう云う様な思い方こう云う様な思い方ならば御陰頂くと私は思うです。先月壱岐の方から手紙が参りました。お願い申しあげておりましたあの子供が生まれました。三人目の男の子で御座います。
先生、その便りに接した時に私の心の中に思わせて頂いた事、「ああ教会がこれで三軒出来る」とこう思うたという。息子が三人おるから三人の者が、三人言わば教会を造るなら三人教会が出来る。そこで家の御比礼だと思わせて頂いた、これがこういう親が念願を持ってするならもう子供は子供、と言った様な考えではなくてです、もうそれをそうと喜ぶその事が確信を持ってです、感じれれると云う事ですね。次には、この度からあのお手紙差し上げます。切手が十五円になった。
五割上げになった「どうぞ私の信心も五割増の信心に成らせて下さい。」というのが有りました。今まで皆さんが十円のお供え銭しよったなら、十倍のお賽銭ばせなん、と形でいうならばそういう信心をさせて下さい。と書いてある。次には、現在の教団の動きが漸く分って参りました。本部で教えられる事がどう云う事教えられるって事が分りました。有り難い事です、立派な事です。けれども椛目の信心のこの半分を占める時代が来なければ、本当のお道の御比礼発展はないと確信。
いよいよ( )を見てまいりました、と書いてあるね。ですからその事をです人に話したり、書いたりする事には相当の元気と勇気が要ります、と書いちゃる。私は、椛目の信心させて頂いておるが、椛目でこう、それが段々私の周辺にです、椛目の信心に帰依する人が出来て来た、例えば皆さんがです、自分の信心を語ると云う事相当元気なことが要る事です。それを言わんならやっぱり卑怯なんです。
いやそれは矢張り、勇気がないのです。もう自分が、本当に救われていきよるなら、助かっていきよるならば、その難儀な思いをしておる、自分のほんの身近な人達にだけ位は、話さなければおられんのです、それが話しが出来んなら、元気が足りんのです、まあ少し余談になりましたけれども、皆さんのその願いというものがです、今の願いじゃ、今の願いが成就せんね。
ですからもう一段高められた、これなら間違いのない神様、喜んで下さるという願い。私はそれをこれなら間違いのない神様の働きの中に入っていく。御造営なら、御造営の事ならこれ絶対間違いがない、まあ申しましたがその事だけに限った事ではありません、こういう願いは神様が喜こんで下さるに違いがないと、確信が持てれるその願いにですもう。一段高められた願いが出来る。もう一段十円から十五円の信心にです、言わば進められて行く所の実行が伴うていかなければ勿論だめです。
それで私は、初めて私共の前の、言わば願いと云う様な物が、成就して行くのじゃなかろうか。人間というものは、御霊さんだけじゃありません。もう本当にそれこそ、着物一枚許されない、しかもじめじめする様なところで、生活をしておる。まるっきりそのそういう難儀な氏子が、うごめいておる姿というものを、神様がご覧になったら、本当に悲しむだろう、と思う。
ところが、実際に苦しんでおる御霊様は、苦しんでおる難儀な氏子は、その事を難儀ともあまり感じん様になった。慢性のごつなったこれでは神様のお嘆きであろうと思う。そこからやらなければ、そこからもう一段高められた世界に、私共が飛躍していかなければ、と言うような、意欲を持ち、願いを持たせて貰うですね、修行と信心をその願うおかげというものが並行して進められる。高められていかなければならんと思うですね。
どうぞ。